昨晩、不意にテレビを点け、番組表を開いてみた。
すると、数分後から始まる番組が気になった。
「ビサイドボウイ〜ミック・ロンソンの軌跡〜」
知ってはいたが、観たことはなかったので、すぐさま録画ボタンを押し、同時に鑑賞することにした。
もちろんボウイは大好きだ。
でも、僕にギターを持たせたのはミック・ロンソンだったりする。
読者の多くがミック・ロンソンって誰?
と首を傾げていると思うので、簡単に紹介しよう。
ミック・ロンソンは腕利きの音楽プロデューサーであり、デヴィット・ボウイが世界的なブレイクを果たしたバンド、「スパイダース・フロム・マーズ」のギタリストとして活躍。70〜80年代に発表したボウイの名盤のほとんどは、ミックがプロデュースしている。つまり、彼がいなかったら、デヴィッド・ボウイはこれほどまでの富と名声を手に入れることはできなかっただろう。まあそんな稀有な存在。
奇抜なファッションで奏でる、メロディアスでマイルドなロックナンバー。
そのスタイルを踏襲した著名バンドと言えば、THE YELLOW MONKEYが代表的か。
30年前に僕が組んでいたバンドも、ズバリそのスタイルをモロにパクっていた。
僕はボーカリストだったのだけど、ミックみたいなギターが弾きたくて、ギターを弾きながら歌っていた。
彼の持ち味は、卓越した編曲能力と、即興アレンジの格好良さに尽きる。
とは言え、決して技巧派ではない。何なら下手くそな部類に入るだろう。
しかし、彼の楽曲プロデュース能力は本当に突出していた。
ボウイが排出した往年の名盤「ジギー・スターダスト」や「アラジン・セイン」、「ハンキー・ドリー」「ヒーローズ」「ダイアモンドの犬」は殆どミックの作品と言っていいだろう。
ロック期のボウイの影には、必ずミックがいた。
ストーンズに例えるなら、ミック・ジャガーとキース・リチャーズ。フーで例えるならロジャー・ダルトリーとピート・タウンゼントといったところか。ああ、もちろんジョン&ポールもそうか。
まあそれほどまでに、彼らは伝説的なマッチングだったという訳。
でも後々、ボウイはミックに飽きて捨ててしまうんだけど、そこからもボウイは売れ続けたものだから勘違いをしたんだろうね。
ミックと離れたボウイは、ヤング・アメリカンズやチャイナ・ガールで売れまくったが、彼の魅力がわからなくなる程に楽曲のコンセプトは毎回曖昧だった。
結局セールス的には沈んでしまって、かつての栄光に縋るしかなくなってしまったのは周知の事実だろう。
一方、捨てられたミックはどうなったのかというと、一言で言えば「這いつくばっていた」のである。ベンチャーズのカバー曲を軸としたファーストソロアルバム「十番街の殺人」で再デビューしたものの、見事に大コケ。世間からは忘れられ、次第に仕事も少なくなっていったという。
しかし、卓越したプロデュース力を発揮し、モット・ザ・フープルやモリッシーなどの活動に大きく貢献。中でも、ルー・リードの名盤「トランスフォーマー」は、実を言うとミックがプロデュースした一枚だったりする。そう考えると凄いでしょ?
もちろん彼のそういった能力は素晴らしい。
でも、僕が一番好きなのは、彼が作り、彼が歌う楽曲だったりする。
2ndアルバム「プレイ・ドント・ウォーリー」を聴いてもらえばわかると思うが、この人の作曲センスは本当にどうかしている。どの曲も素晴らしく、捨て曲なんか一切ないのだ。
僕は随分このアルバムを作曲の参考にしたし、カバーも死ぬほどやった。
未体験の方には是非オススメしたい。ルー・リードの「ベルリン」みたいに、暗い部屋で一人で聴くことをオススメする。
とまあ久しぶりに趣味の話で終始したね。
とにかく、デヴィッド・ボウイはミック・ロンソンに生かされたって内容の映画でした。もちろん永久保存するね。
ボウイは大好きだけど、人を人とも思わない冷酷な側面があるのは確かだと思う。
ミックがプロデュースした作品以外でも素晴らしいものは山ほどあるのは間違いないけど、やっぱり僕はスパイダース〜時代の彼らの姿や楽曲が一番好きだ。
ワウペダルのスイッチを水平にして鳴らす、あのこもって温か味のあるドライブサウンドが出したくて、ジムダンロップのワウペダルを買いに行ったなぁ。。。
僕の青春期を支えたアーティストの一人、ミック・ロンソンの話でした。
久しぶりにカバーしてみようかな。
というかさ、「プレイ・ドント・ウォーリー」の邦題って「ギターでぶっとばせ」ってなってるんだけど、本当に付けたヤツのセンスを疑うよ。
「ぶっとばす」という言葉とは最も縁遠い優しい楽曲ばかりなのにね。
日本人って本当にセンスないよなぁ。。
まあ気になる方は是非。