かつて僕が高校生だった時、スポーツバッグを斜め掛けするのが定番の通学スタイルだった様に、今の子はノースフェイスのリュックを背負うのがセオリーの様だ。
母校付近の畦道で、発泡酒を飲みながらしばしの休息を堪能している。
1本126円の発泡酒と、iQOSのメンソール。
そしてスマホからマスターキートンを流しながら、東名高速市ヶ尾インターのネオンを見つめている。
先週末、友人とへべれけになるまで呑んだあの晩を恥ながらも、酒を啜る手は止まらない。
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高校二年生の時分、僕は至極地味なクラスメイトに惹かれた。
彼女はありふれた名前で、スカートの丈も校則通りの垢抜けないスタイルを常としていた。
一方僕は、つまらないプロ野球の賭けに負け、丸坊主の憂き目に遭っていた頃だ。
彼女は地味だったけど、魅力的な八重歯と大人びた雰囲気を持っており、学校での姿とプライベートでは、まるで別人と言える程キャラが異なっていた。
また、彼女はピアニストで、たまにアコーディオンを大道芸人みたいに上手く奏でていた事を覚えている。
その卓越した音楽的センスから、誰もが現役で音大に進むものだと思っていた。
当然の如く都内の音大に一発合格したものの、彼女はそこへ入学しなかった。
何と、家庭教師のボーイフレンドを追って広島へ行ったという。
その情報を知ったのは、卒業してから半年後、実に僕がやる気のない浪人生として自由を謳歌している時だった。
学生時分では、愛情でもく恋心でもないと思っていた。
でも、異性として彼女を見ていたことは否定できず、それが恋心と知った時はもう遅かった。
彼女は両親の反対を押し切り、夜逃げする様に横浜を出てしまった。
しかし広島の大学などそこそこに、ボーイフレンドと駆け落ちし、その果てに子を授かったと聞いている。
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彼女と仲良くなったのは、マスターキートンを愛読していたという共通点からだった。
弟の影響と言っていたが、小学生の子供に理解できる内容ではない。恐らくその家庭教師が好んで読んでいたのだろう。
今では彼女も40代半ば。
タイムスリップでもしない限り、地味で魅力的なあの八重歯には会えない。
懐古願望は日に日に強まるばかり。
それ程現在に満足できないのだろう。
明日を生きる気力すらないまま、僕は毎日懐古し続けている。まるでメビウスの輪の上を歩いているかの様に、負の連鎖から逃れられない今、僕の精神を安定させるのは友人と過去と安い酒である。
あー、明日もめんどくさいね。
下校時に足繁く通った、喫茶ホワイトハウスの跡地を見つめながら、引き継ぎあの頃を懐古する。
アイスコーヒーとレモンティーで閉店までだべり続けたあの時間は紛れもなく珠玉の時。
照れ隠しで吸い続けた赤いマールボロの吸い殻は、毎晩灰皿からはみ出る程だったな。
年を重ねるのはとても寂しい事だ。
毎年誕生日になると、身を削がれる程切なくなる。
畦道に通ったWi-Fiのお陰で、今夜も記憶を肴に酒が呑めた。
しかしトモちゃんは何処へ?
いつか会えたらいいね。
へば。