天命、そして伝説へ。

アラフィフのサラリーマンライター『椎間板』が、終末までに高所得者へ上り詰めるまでのプロセスについて書き綴っていくという、完全自己満ブログです。

2023年11月1日(水)「淡い記憶」

今日は体調がすこぶる悪く、仕事を休んでしまった。

 


軽い風邪なのだけど、どうしても体が言う事をきかず、已む無く有給を取った。

 


メシも食わず、水が入ったボトルだけを持って、母校付近にある市営グラウンドのベンチを陣取った。

 


ある父親は、小学校低学年くらいの息子に、熱心にバッティングフォームを教え、肩から滑らかにバットを振り下ろす見本を何度も何度も見せていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

そういえば、僕も子供の頃、よく父親から野球を教わった。青山学院のエースとか言っていたが、よく聞けば親父は青山の馬術部だったそうだ。

 


ドラゴンズファンの父に影響を受け、我が家は全員ドラゴンズファン。不甲斐ない今のチーム事情を、親父はどう見ているのだろうか。

 


親子野球教室の様子を見ながら、そんな昔の事を思い出していた。

 


あれから30余年が経ち、まさか息子が事業に失敗して借金まみれになるとは思っていなかっただろうな。

 


ごめんとか言い様がない。

 


故に僕は実家から勘当状態であり、ロクに孫の顔も見せていない。

 


家族には、色々な形があるものだ。

 

 

 

 


※※※※

 

 

 

続いてやってきたのは、愛嬌のある秋田犬を連れた小学生。進んでは止まりを繰り返しながら、その子は犬が立ち止まる度に、隠しきれない愛情を表現していた。

 


頭を撫で、喉も撫で、抱きつくように秋田犬を包む様を見ていると、亡くなった愛犬の事を不意に思い出し、涙を流した。

 


ここは、愛犬を虹の橋へ送った葬儀場の近く。

未だに僕は息子離れが出来ていない。

 


愛犬が亡くなってしばらく後、僕の家庭は崩壊した。

 


妻は毎晩の様に嘆き、僕に罵声を浴びせ、死ねと叫んだ。

 


まあ、そうだよなと受け入れつつも、やはり内心は悔しく悲しかった。

 


 

 


🤍

 

 

 

今こそ死ぬときなのか?

と、毎日思いながら生きている。

 


温かいスープの様な幸せな過去を思い、今は何て惨めなのかと地面を睨む。

 


取り立てから罵声を浴びせられながら、早く終われと何度も念じ、気が付いたらまた、地面を睨んでいた。

 


自分は日本一不幸だなんて思ったことはないが、綺麗な一軒家の横を通った時、高級外車が颯爽と追い抜いて行った時は思う。

 


あれ、どうやって買ったのだろう?

 


と。

 

 

 

※※※

 

 

 

今日はアフィも噛ませず、ごくシンプルにまとめてみた。

 


この内容で金を稼ごうなんて微塵も思えない。

 


振り返るのは格好悪いことかもしれないが、それだけ幸せだったということなのだろう。

 


愛犬の様に、父親、母親、兄、妻、子供たち、友人たちもいつかは命が尽き、お別れすることになる。だが、一番早くに居なくなるのは僕かもしれないな何て思ってしまった。

 


夕暮れが迫り、子供らはポツリポツリと家路につきはじめる。

 


今日一日の記憶なんて、あっという間に忘れていくだろうけど、できるだけ覚えておくといいよ。友や家族と笑い、楽しんだ貴重な時間は。

 


夜の帳が下りたら、ゆっくり帰ろう。

 


時間をかけて、ゆっくりと。

 


へば。